超高級風俗店グループを率いる若きリーダーの視線の先にある頂(いただき)とは?~マダム麗奈グループ常務取締役・大城氏♯1~

2017年07月06日

by旅寅旅寅ライター

――「例えば、自らの人生を登山に例えるなら、あなたはどんな山、どんなルートを思い浮かべますか?」

これはインタビュアーとしては、まず口にしない質問である。聞き方としてややこしいし、聞かれた方が困る類のものだからだ。

でも、私は誰かから話を聞く時、内心いつも「登山」をイメージしてしまう。なだらかな高尾山登山のような人生から、険峻なヒマラヤ登山のような人生を歩む人まで――。

同じ人生は1つとして存在しない以上、人の数だけ「山の名前」が必要になりそうだが、実はそうでもない。

それは登山というのは大きく2つに大別することができるからだ。

その人の人生が高尾山であれ、エベレストであれ、マニュアル化された登山コース。つまり、すでに多くの人が足跡を残したルートを歩くのであれば、それは物語として「弱い」と言えるかもしれない。

確かにエベレストはその高度から登るだけでも命懸けだが、シーズンや状況を選べば、頂上付近に「登山者の渋滞」ができているのは有名な話である。

ところが、もう一方の登山、まだ誰も切り開いていない「未踏ルート」に挑む登山であれば、それは裏山を登ることさえ大冒険になる――。

そういう意味では、本日、取材を受けていただいた方は、間違いなく「未踏峰」の「未踏ルート」を登る「アルパイン・クライマー」(困難な断崖を登る者)と言えるだろう。

日本の風俗店、ひいては風俗業界の常識を変えようという彼の肩書きと名前は、超高級風俗店『マダム麗奈』グループ常務取締役、大城氏。

大阪のオフィス街にある、およそ風俗店の事務所とは思えない事務所に伺い、37歳にして超高級店グループの監督、舵取りを任された彼の、「今まで」と「これから」に迫った。

プロローグ ~若き日の肖像~

どことなく、俳優の妻夫木聡に雰囲気の似たイケメンである。身にまとうオーラは仕事ができる男のソレで、精悍なその風貌に思わず背筋が伸びてしまう。事実、インタビュー中に大城氏は、

「私は、自分が上司だったら嫌かな。厳しいし、ブレがないから」

……サラリと口にしたものである。確かに、場の空気をピリッとさせるものが、彼にはある。ただ、一歩事務所に足を踏み入れた瞬間から気付いたが、迎えて下さった男性スタッフたちは皆、全く委縮はしていない。

リラックスして働いているように見えるし、一様にいい笑顔だ。

(この大城さんの雰囲気だな。何とも温かいし、肩に無駄な力が入ってない)

訊けば、沖縄地方の島の出身なんだそうだ。ゆいまーるの精神に育まれた、明るく優しい、島人(しまんちゅ)の温もりが、遠い日の面影が、彼の根底には垣間見える。37歳という実年齢よりは5歳は若く見えるのも、きっと純粋さや純朴さを失っていないからだろう。

その身には、ひけらかすように派手な高級品は、何1つ帯びていない。虚勢も気取りも無縁、称賛の言葉はサラリと躱すし、こりゃヨイショやおだてで出世を狙うタイプの部下にとっては、1番難しい上司かもしれない。

自然体で、凛とした好漢——。

取材で対峙した私の、偽らざる印象である。まず、上京したての17歳当時のことから、彼は静かに語り始めた。

青春 ~東京での助走~

高校を中退後、17歳で沖縄を出て上京したんですが、マダム麗奈に入る前はパチンコ業界に身を置いていたんです。

大手のホールで働いていました。で、ちょうどリーマンショックの頃だから、2008年頃だったかな? パチンコ業界の元先輩だった人が、先にうちの会社で働いていたんです。

聞けば、90分5万、7万からのデリバリーヘルスというふうに言うんですよ。デリヘルの相場くらいは何となく知っていたから、そのあまりの高さに、正直凄く興味を持ったことを覚えていますね。

でも、当初はお断りしていたんですよ。風俗だからどうの、というわけじゃなくて、要はパチンコ業界の方もうまく行っていたんですね。でもある日、ふと事務所の方に顔を出したら、凄い数の電話が鳴っていたわけです。

(この価格帯でこんなに電話って鳴るものなのか!?)

それはもう、当時の私には衝撃的でした。東京タワーが見える事務所の高級な雰囲気もさることながら、何より高額をものともしない需要の高さに驚いたわけです。そしてそれと同時に、ここで働くことは成功へと繋がるチャンスかもしれないという思いが沸き立ちましてね。

で、よしっ! と腹を括りまして、前職をきちんと整理した上で、マダム麗奈の扉を叩いたというわけです。

感銘~マダム麗奈の「コンセプト」~

創業者である社長に、マダム麗奈のモデルの話を伺った時は感銘を受けました。

それまでの風俗のイメージを覆し、女性の見た目や中身を磨いて、その分、富裕層のお客様から大きなお金をいただこうという経営方針。

それは「マダムクロード」という、フランスに実在した高級娼館の女主人が実践し、多くのVIPを顧客に抱えた方法を忠実に再現したものだということでした。そしてその世界観そのままのコンセプトのお店を、現代の日本で作るという発想――。

なかなか思いつくものではありませんよ。本当に感銘を受けました。

ただ、私が入社した時はもうオープンから10年近くが経過していたので、私自身入社直後は、ある程度お店はできあがってしまっているんだろうな、と思っていたんです。

あの頃、マダム麗奈は、業界ではすでに高級店の代表格として認知されていましたしね。それが証拠に、当時、東京で類似店が全く同じコンセプト、同じ価格帯で1~2店舗オープンしたのをよく覚えています。つまり、うちはもう「真似される存在」にはなっていたんですよ。

そういう意味では、私のスタートは多少、遅かったのかもしれません。ただね、確かに風俗業界において、すでに高級市場は確立されてはいましたが、入れ物だけで中身が伴っていなかった。

やっぱり風俗業界的な感覚、一般的とは程遠い感覚のスタッフが多かったので、できることはたくさんあるなと感じましたね。

絞られた弓 ~ワイングラスを拭く日々~

とはいえ、入社した当初はさすがに下積みですからね、いきなり自分のビジョンを形になんてさせてもらえません。

先輩に紹介してもらって、「面白そうだから来月から来ます」と入れてもらったまでは良かったんですが、最初の1ヶ月はひたすらワイングラスを磨いていました。

え?何でデリバリーヘルスのスタッフがワイングラス磨くのかって?

うちのお店は今もそうですが、お客様のご希望に合わせてワインをお持ちするんですよ。白ワイン、赤ワイン、スパークリングワイン、ご希望ならビールやソフトドリンクまでね。で、来る日も来る日もワイングラスを磨く日々だったんですが、それでも月給が30万円ぐらいあったんです。

さすがに、え~!? コレ、いいんかな?全然想像と違うなぁ? とちょっと拍子抜けしましてね。

それで、1ヶ月が経った頃、自分から「電話を取らせてくれ」と直談判しました。すると、たまたま最初に対応した1件目の電話がすぐ派遣依頼に繋がりまして。思いがけず早くに、「お前、もしかして電話対応、上手いんじゃない?」という評価ができて……で、そこからですね、本当の意味でお店の一員になったのは。

ただ、とはいえうちのお店は、内勤スタッフではまだ女の子の管理はできないので、この仕事の1番の「肝」に到達するには、その上にいかなきゃならないんですよ。グラスを磨いて30万円貰うことを目的にここに入ったわけじゃない私としては、その後はもちろん努力もしましたし、その努力によって、良いタイミングを引き寄せたりもしたかもしれませんね。

それに、入店当初から一貫してできることは一杯あると考えていたことに、恐らく上の方が気付いてくれていたんだと思います。

そういう意味では、良き方々との縁に恵まれたからこその歩みですから、その感謝は、一生忘れずにいるつもりです。

でもまぁ、今思えばあの駆け出しの日々というのは、自分に満足していたわけではないけど、楽しかったですよね(笑)

――特筆すべきは、大城氏の適応力と積極性である。もし、仮に彼がマダム麗奈へと移らず、元居たパチンコ業界に残っていたとしても、恐らくは成功したであろう。

目先のお金に気を緩めず、「電話番をやらせて欲しい」と直談判する姿勢や向上心は、どんな仕事においても強力な武器となるはずで、そういう意味では、彼を今の店へと誘った先輩は、まさに「慧眼」であった。

さて、引き絞られた弓のように、アイデアやエネルギーを貯めに貯めた若き日の大城氏。それを矢として放つ直前のここで、第1章を終えることにする。以降、飛翔の第2章へ続く。

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大城

1980年、沖縄県出身。10代で上京後、大手パチンコ店勤務を経て、2008年『マダム麗奈』入社。“風俗店ではなく、マダム麗奈。風俗嬢ではなく、麗奈レディ。”というコピーが示す通り、手がけるブランドの社会化をライフワークに掲げる。仕事に求めるレベルのストイックさは、それ自体が“OSHIRO”というブランドといっても過言ではない。

『マダム麗奈』:公式サイト

執筆者プロフィール

旅寅

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大阪在住、43歳のお父さんライター。はてなブログ「夜行性サナトリウム」を2016年より運営。 同ブログ内で発表した複数の記事が、はてなブックマーク総合ランキングで1位を獲得したことにより、はてな有数の「バズライター」として知名度を上げ、本格的に執筆活動を開始。 同年、カクヨムにて発表した「造花」がカクヨムエッセイコンテストの最終選考に残るなど、精力的に活動中。著作に「日向のブライアン」がある。

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