「面接に3時間! 熟女のジンセイ再生支援が生んだ成長の好循環」 ~おかあさんグループ代表・齋藤明典の倫理#1~

2016年07月04日

by赤星 アキラ赤星 アキラ編集長
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――“ブーム”と言われる前から存在する熟女系風俗店のパイオニアがある―『おかあさんグループ』。

『おかあさんグループ』は、待ち合せ型のヘルス店で、2009年には池袋に1店舗だった。しかし、現在では関西にも進出し、9店舗を展開する。そして、ホームである池袋店の在籍数は、およそ100名。出勤率は平均で4割を超えるという。

その『おかあさんグループ』を率いるのが、今回の主人公・齋藤明典代表(47)。経営の数字だけを見るとエリートの成功者のようだが、実は債務整理を経験し、40を過ぎて業界入りした苦労人の過去をもつ。

その齋藤さんが語るシゴト術とは、どのようなものなのか。また、これまでどのようなジンセイをたどって今の地位を築いたのか。齋藤さんの履歴を紹介しながら、全5回シリーズでお届けしていく。

店長が飛んだ店のヘルプで呼ばれたのが『おかあさん』

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2009年11月に代表になる前、8月に『池袋おかあさん』のスタッフとして入社してるんです。当時、『池袋おかあさん』の店長をやっていた人が飛びまして……。入って2か月くらいのスタッフひとりだけになってしまったので、五反田の別の風俗店で働いていた僕が呼ばれたんです。

僕もまだこの業界に入ったばかりだったので、ほとんど、なにもわからなかったんですよ。今思えば本当に適当でしたね(笑)。ふたりとも素人同士だから、明確な経営のビジョンなんてもっているわけがない。今思えば恐ろしいことですけど……、その時ふたりで言ったのは、「とりあえず、楽しもうか!」と。

良かったのは、その相方がホンダの元営業マンだったことです。彼は、お客様に対する電話のトークとか、話のつかみ方がとてもうまかった。僕は、もともと、おばちゃん好きだったから、女性の面接とか、働いているおばちゃんたちのケアやサポート役を担当。だから、きれいな役割分担ができていましたね。

当初は、四苦八苦しながら、毎日仕事をしていました。でも、とても楽しかったですよ。ふたりともお酒が好きだったから、ふたりで最後までとことん働いて、「よし、終わった! 齋藤さん、飲みに行こう!!」って。それで午前2時とか3時くらいまで飲んで、家にも帰らず、事務所でカーペットをかぶって寝たりとか(笑)。そしたら、仕事が生活になっていったんです。

半年で売上を3倍近くに伸ばし「店をもらった」

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2009年8月のころ、月の売り上げが150万円くらいだったんです。

でも、すぐ250万円を突破して、その年の9月に、当時の『池袋おかあさん』の社長さんから、「やってみなさい」って言われて、店をそのままもらったんです。それで代表になったんですね。

2010年の2月に400万円を突破、半年で売上が3倍くらいになりました。600万円を超えたのが2011年くらい。

AVの世界ではもっと前から、“熟女ブーム”が起こってたんですけど、僕が『おかあさん』を始めたくらいに、お笑い芸人が熟女好きを公言して、熟女が大衆化していったんです。

当時、池袋には、年齢層の高いデリヘルがいくつかありました。だから、ビジネスとしては後発ですが、ただ、40代~50代を看板に掲げたのは、うちが最初だと思います。

対面でのご挨拶を積み上げてお客様を掴む

業績が伸びた要因は、この業界の鉄則として、在籍女性の増加がひとつのポイントです。女性が増えなければ、お客様も増えない。それは、前提としてあるんですが、単純に女性を採用して在籍数を伸ばしても、すぐにはお客様は増えません。

女性がたくさん出勤していて、お客様が、いいお店だなってことを認知していただいて初めて増えるんです。だからこそ、認知していただくまでの間、いかに女性を辞めさせないか、ここが重要です。

僕はこの時、受付の電話はもちろん、お客様のもとまで行って、一生懸命ごあいさつしていました。良くなかったというお言葉があったら、次回割り引きして、次こそは楽しんでいただくとか、徹底的にやってましたね。

そうしているうちに、だんだんとお客様がついてきて、在籍数とお客様の数が逆転するんです。ここを逆転してしまえば、女性はどんどん増えていきます。仕事が毎日1~2本、当たり前にあるわけですから。

在籍・顧客グラフ

面接に3時間! ジンセイ再生まで踏み込んで在籍数を伸ばす

「ひとりでも多く在籍の女性が欲しい、ひとりも辞めてほしくない」と、経営者としての考えは当然ありました。在籍数は、そのまま売り上げに直結しますし、僕が代表に就任した当初は、在籍女性が15名くらいしかいなかったですから。

ただ、採用はあまり注力しなくてもよかったんです。付き合いのあった熟女系グループから、その店で採用に満たない面接希望の女性たちを回してもらえていたので。その代り、彼女たちのケアを厚くしました。

面接はひとり3時間くらいやるんですよ。

熟女と呼ばれるような年齢の女性が、風俗で働くっていうのは、やっぱりなにかしら人生に問題を抱えている場合が多いです。だから、これまでなにをしてきたのかをずっと聞くんですけど、“かさぶたをはがしていくような作業”ですね。そうして 区役所の窓口まで一緒に行ったり、債務整理の相談に乗ったり。

実は、僕も2009年に債務整理をしているんです。当時は、その経験がまだ生々しかったから、そうした女性たちをほっとけなかったんですね。半ば本能でやっていたと思います。経営者のマインドとして、「在籍が欲しいから計算して」って感覚ではなかったです。多分そういうやり方だったら、女性にバレて、ついてきてはくれなかったでしょうね。

在籍数の増加に合わせて女性への対応を変えて行く

在籍数が増える段階に合わせて、女性への対応を変えていくんです。同じやり方では増えていきませんから。

30名くらいまでは、とにかく全員と向き合うんです。一緒にご飯を食べに行く、お酒を飲みに行く。相談にだって、もちろん乗ります。前にも言ったように、待機所で2時間3時間話すなんてざらですね。そうしないと、女性は離れていってしまいます。だって暇で仕事がないですからね。

50名以上になると、お客様がついてきて仕事が忙しくなるから、一人ひとりとご飯を食べに行くことは減ります。でも食事会を年に4回やっていました。“花見” “暑気払い” “紅葉狩り” “忘年会”。毎回経費を15万、20万と使ってね。

70名を超えると、年に1回の忘年会だけです。ここからはモーメントが働いて、自然に女性が増えていきます。

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――在籍数は、風俗業界で最も重要なKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)のひとつとされるが、齋藤さんは、経営者という立場を超えた手厚いケアで、この在籍数を急速に伸ばすことに成功した。

また、債務整理という自身の経験から、人生になんらかの問題を抱える女性たちへの想いが強く、2015年からNPOや弁護士、社会福祉士と連携した『風テラス』と呼ばれる取り組みを始めている。

次回は、齋藤さんがゼロから関わった『横浜おかあさん』の立ち上げをひもときつつ、齋藤さんならではのリサーチ術やスタッフのマネジメント術を明らかにしていく。

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「新店成功! 街に同化するまでした調査×若手に任せた店づくり」 ~おかあさんグループ代表・齋藤明典の倫理#2~

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齋藤 明典

1968年、岡山県出身。広島大学理学部数学科中退。街の電気店、古本店経営会社勤務を経て、2009年よりおあかさんグループ代表。自身を“古いタイプの経営者”と呼び、松下幸之助や本田宗一郎を尊敬する。酒と麻雀と熟女をこよなく愛す一方、本や音楽、映画などに造詣が深い。座右の銘は「勝負の最中は悩まない」。おかあさんグループ:公式サイト

執筆者プロフィール

赤星 アキラ

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元証券マン。リーマンショックを経て、ハタラクとジンセイをひたすら考え続ける。昨春、縁あって風俗業界に転じ、FENIXプロジェクトを企画。Fenixzineを風俗でハタラク男性のプラットフォームにしていきたい。好きな音楽はV2。福岡市出身。

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