失敗と挫折がスピード経営の教訓となった ~『熟年カップル』代表 北野氏#1~

2017年09月14日

by赤坂 五郎赤坂 五郎編集部

――『熟年カップル』という一度聞いたら耳に残る店名。オフィシャルサイトを見ると、匂い立つように喘いでいる女性のイラストが目に入る。昭和風情を感じさせる味のあるサイトデザインだ。

同店は2017年2月に名古屋で開業し、半年もしないで横浜に進出。バックに大きな組織があるのか、なぜスピード出店をするのか、セールスポイントの“生電話”とは? 

一体どんな人物が仕掛けているのかと気になっていた。

今回、横浜事務所を開設したばかりの代表、北野氏のインタビューをする機会を得た。同氏の第一印象は、ポロシャツ姿でもわかる隆起した筋肉から、スポーツを嗜む好青年。実際、トライアスロンに参加するほどだそうだ。

しかし、その爽やかな印象の裏で、北野氏は多くの挫折と失敗を経験してきた。それだけに同氏の言葉は、リアルであり、重い。

だからこそ、今、風俗業界で働き悩んでいる人、そしてこれから目指す人にきっと響くものがあるはずだ。

全3回でお届けする北野氏のインタビュー第一回は、これまでの失敗とそこから得た教訓について語っていただく。

社会人1年で味わった無力感。風俗業界で見つけた達成感


両親が離婚して、僕は岐阜のおふくろに引き取られ、そんなに裕福じゃない家庭環境で育ちました。中学、高校時代は野球にずっと打ち込んで、高校を出ると名古屋にある印刷会社に就職したんですね。

狭い家から出たくて、寮があるところに行きたかったんです。そこで、2年くらい勤務していました。

でも、当時は、夜勤ありの長時間労働で給料は安い。さらには、野球やスポーツであれば、実力次第で経験や年齢に関係なく評価してもらえますが、一般企業の1年目では、“やったらやった分だけ給料がもらえる”なんて待遇はないわけです。

そうした現実に失望して、すっかり働く気力がなくなってしまったんですよね(笑)。

そんな時、小学時代にお世話になった少年野球のコーチが、ヘルス店を辞めて独立、名古屋にデリヘル店を始めたんですね。

人手が足りないからと、ドライバーとして誘われ、働き始めたのが業界入りのきっかけですね。当時は時給500円とか(笑)。

でも、日当でもらえるのがうれしかったし、仕事を覚えればどんどん昇給する。やったらやった分だけ認めてもらえたので、やりがいを感じましたね。

――こうして風俗の仕事にのめり込んでいった北野氏は十年後、全国規模の大手人妻デリヘルグループの常務にまで昇り詰めていったのである。

役員ともなれば、かなりの収入を得ていたはずだが、北野氏が選んだのは安住ではなく、さらなる高みを求めてグループから独立したのだ。しかし、その門出は順風満帆とはいかなかった。

「はやらなければ1か月で店を閉める」経営判断の速さ

グループから独立したのは、今から6年前ですね。東日本大震災があった年で、世間は遊ぶムードなんてなくて、始めたお店は、今にして思えばコンセプトが面白くなかったですね。

いろいろ悪いことが重なって、思い描いていたようにはまったくいかなくて、半年も経たずに経済的に行き詰ってしまったんです。

それで、消費者金融からお金を借りたり、付き合っていた彼女にしかたなく風俗で働いてもらったりして、何とかお金の工面をしてました。

彼女とは今、結婚して一緒になっていますが、当時は、それこそ死にそうな状態が1年くらい続いたんです。

何をやってもダメダメで、「もう本当にくたばってしまう!」と思った矢先、たまたま出したお店が当たったんですよ。

そこで、「ダメダメな店は何をやってもダメダメ」と、すんなり割り切れるようになりました。それ以来、「ダメダメならすぐ変える」を繰り返しています。その後も何軒かお店を潰しましたけど、おかげで精度が上がってきましたね。

いい店の条件は、まず女の子が集まるかどうか。これにつきます。次に、お客さんがついてきてくれるか、ですね。

でも、これらが同時進行でないと成り立たないから難しいんですよね。女の子だけを集めようと思えば、集まる店は簡単に作れますけど、お客さんのレスポンスが良くないなら迷わず閉めます。

すぐ撤退か、違う店をやるか。「このお店がダメダメだったら」といつも考え、次の店を準備しています。いろいろ考えてお店をリリースして、1か月でダメダメなら閉める。『熟年カップル』の前のお店もそうでした。「常にめっちゃ考えている」という感じです(笑)。

――大手風俗グループから独立して、わずか半年でどん底を味わった北野氏だが、とあるお店をリリースすることで光明を見出す。しかし、またしても挫折を味わうこととなる。

関東進出で失敗した過去から学んだスピード感


独立して鳴かず飛ばずで死にそうな思いをした後、“たまたま当たったお店”というのが、当時の名古屋では珍しい、低価格で即尺・即プレイができる人妻デリヘルだったんです。

店名がキャッチーで響きがいい、SNSを使って女の子とコミュニケーションがとれるというのも売りで、順調に売上を伸ばしていきました。

これはイケる! と思って、名古屋で成功したコンセプトを池袋に持ってきたんです。でも、関東進出はスピード感がなくて、すでにそのアイディアはあちこちでまねされていました。結局、池袋のお店は1年くらい続けましたが、ダメダメ……。

「東京は、やっぱりすごいな。ちょっと変わってるくらいじゃ、まったく歯が立たない」と思い知らされましたよ。

当時と比べると、今はいろんな意味でサイクルが速いですよね。まねされるという意味でも。だから、いかにスピード感をもってダイナミックにやれるか、さらに差別化で勝負するしかないんです。

そうした反省を胸に、2017年の2月、名古屋で『熟年カップル』をリリースしました。“生電話”という独自の仕組みをいかに早く全国に店を出せるか、自分としては再チャレンジですね。だから、続けて7月に横浜店をリリースしました。

横浜は、広告費のボリュームやお店の数が名古屋の規模と似ているので、ステップとしていいかなと考えたんです。池袋での経験を踏まえて、まずは、横浜できちんと実績を作って、埼玉、千葉など東京の周りから攻めていこうとイメージしてます。それと同時に大阪も展開できればいいですね。

スピード感をもって、2、3年で『熟年カップル』をひとつのブランドとして確立していきたいと考えています。

――スピード重視とは言え、開業からわずか半年足らずで後にした名古屋店はうまくやっていけるのだろうか。

ユニクロで営業マネージャーをバリバリやっていた人が転職して来たんです。僕が横浜に移る前、彼に店舗運営をしっかり引き継がせて、今は名古屋店を仕切ってもらってます。

先ほど話した池袋のお店は、しかるべき人材がいないのに、運営をほかのスタッフに任せっきりにしてたんですよ。

当時の僕は調子に乗っていたんですね。当然ながら、うまくいきませんでした。

『熟年カップル』では同じ過ちを繰り返したくないので、横浜店は僕が店長として入って、スタッフの隣に付いてみっちり教えていきます。しっかり業務を引き継いでから、また次のエリアへと展開していこうと考えています。

――次回は、プロデューサー北野氏による『熟年カップル』のコンセプト・メイキングと、全国展開を臨むユニークなサービス“生電話”の実情に迫る。

北野

1982年生まれ。風俗業界歴15年。全国規模のデリヘルグループにて役員まで昇り詰め、独立。名古屋を中心に数々の風俗店をプロデュースし、全国展開を画策中。かつては、小中高と野球に明け暮れたスポーツマン。今も体を動かすのが好きでトライアスロンに参加するほど。そのトレーニングの追い込みようは、本人曰く「ちょっと変態」。

執筆者プロフィール

赤坂 五郎

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3人姉弟の長男として生まれたが、なぜか五郎と命名される。生まれながらにして、人生に疑問を抱きつつ、「all that jazz」に生きたい40代。落ち込んだときは、映画『ミニオンズ』に涙して復活。好きなキャラクターは、顔の長いケビン。

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