「風俗に流通の考え方を持ち込んだのがサンキューの原点」 ~サンキューグループ元会長・平井学の回顧録#1~

2017年10月02日

by赤星 アキラ赤星 アキラ編集部

――30分3,900円の激安価格で著名なデリヘルグループがある―『サンキューグループ』(以下サンキュー)。

サンキューは、2000年代初頭の創業からわずか数年で全国に拡大。2017年9月現在では、全国9都府県39店舗を数える。

そのサンキューの発展を担ったのが、今回の主人公・平井学元会長(63)。

もともと流通系上場企業のサラリーマンだった平井さんは、45歳のときに起業し、取引先だった同業社長を救う目的で風俗との関わりを持つようになったという。

平井さんはなぜ、全国レベルの風俗グループを育て上げるのに成功したのか。取材を通して見えてきたのは、風俗に流通の考え方を持ち込む独自の経営術だ。

父から事業を継いで一部上場企業を脱サラした

出身は、横浜ですね。生まれは違うけども、横浜に小学校前に来ているので。

学生時代は、学生運動なんですよ。そういう時代、そういう世代です(笑)

それからは、流通系の一部上場企業に就職して。40半ばのときに、父親の関係もあって、サラリーマンを辞めて事業を始めたんです。

業種としては、建築とか輸入住宅。あと、アパレルとか飲食もやっていました。幾つかの会社で、自分が経営者というかたちですね。

自分の会社を持ちたいとか、そういった志向ってのは別になかったんですけど、まあ流れで来た感じですよ(笑)

風俗に関わるようになったのは取引先を救うため

風俗に関わるようになったのは、2000年代はじめくらいです。その頃、景気が悪くて、年商何十億という会社が、バタバタ潰れていたんです。

それで、取引先の社長さんたちが行き詰っちゃっていたので、事業をうちの会社で引き取ったりしていたんですよ。「かわいそう」というのは語弊がありますけど。

でも、うちもそうした事業を抱えているのが大変で、とにかく現金が欲しいという話になってきちゃったんです。

それで、「現金=風俗が一番いいんじゃない?」っていう発想から、関わり出したのがスタートですね。

当初は、私の方で手順だけ考えて、現金を集めてあげようという。いわばコンサルみたいな立ち位置でした。

なので、サンキューの経営者としては、実は僕は二代目なんです。

ランカーに依存しない経営を模索したのが『サンキュー』のキッカケ

『サンキュー』の前身は、新宿・歌舞伎町で始まりました。

最初は、普通の箱ヘルのお店だったんですけど、競争がだんだん激化してきて、なかなか思うように売上が上がらなかったのがキッカケですね。

でも、一番の動機は、一部のランカーの子たちに依存しない経営にしたかったというのがあります。

普通価格のお店って、売上を占める子たちというのは、何人もいないんですよ。2、3人とか5人とか。その子たちが中心に何百万も稼いで経営しているわけなので、店もスタッフも、彼女たちの言いなりになってしまうんです。

それを私が見ていて、スタッフがかわいそうだというのがあったんですね。

経営的にも、女の子たちは、結局は辞めていくわけで、そうすると、例えば月の売上が次の月にはウン百万円とか落ちるかもしれないという。

そういうのが嫌で、だったら低価格でいこうよという話なんですよ。そうしてサンキューをはじめたわけです。

激安でも求人できたのは稼動できない女性に目をつけたから

30分3,900円の価格設定は、僕の前任者の考えですね。

これは当時の相場がだいたい45分で12,000円ぐらいだったから、もう3分の1とか4分の1ぐらいにして。

単純に価格を安くするっていっても、12,000円を8,000円にしてもあまり変わらないじゃないですか。でも、30分という括りを作ることによって、見せ方としてはもっと落とすことができる。それでインパクトと覚えやすさの二つで、“サンキュー”なんですよ。

そうすると、値段が安いから、お客様も来る。流通のビジネスって、全部がそうじゃないですか(笑)たまたま風俗で初めて低価格を打ち出したのがサンキューっていう話です。

それから、女の子もゼッタイ来るって考えたんですよ。

当時の箱ヘルですけど、大体ナンバー3より下の女の子には、お客様が安定的には来てくれないわけです。

だから、その子たちを拾うという作戦だったんです。サンキューだと10分単位で入れるわけだから、ずっと部屋の中で待機しているよりは、余程稼げるからいいでしょうっていう。

実際、女の子は来たんですよ!

いい子だと10本以上は入ったし、行けば安定していたんです。他のお店だと、お客様が入れなくて帰っている状態だったから、サンキューだといつ来ても波がなくて、出勤すれば幾ら稼げるってわかるから。

それで、在籍数もだんだん増えていきました。(盛況だったから)みんな外で飯なんてとんでもない。コンビニのパン買って、接客の合間に食べる感じでしたよ!

――「失われた十年」という言葉が生まれ、デフレが始まった世相もあったのだろうか。

風俗に激安のコンセプトを持ち込んだサンキューの戦略は大当たりし、店舗は一気に10店舗を超えるまでに拡大。女性の在籍数も300を超える規模に成長したという。

続く連載第二回では、平井さんが二代目経営者となり、デリヘルとしてグループを全国化していったエピソードについて伺っていく。

(インタビュー:新海亨)

>>次の記事 「全国展開できたのはフランチャイズの考え方を持ち込んだから」 ~サンキューグループ元会長・平井学の回顧録#2~

平井 学(ひらい まなぶ)

1964年、横浜市出身。大学院中退後、流通系一部上場企業に就職。45歳のときに、父の会社を継ぐ形で事業家となる。その後、現在のサンキューグループの前身に関わるようになり、同グループのデリヘルシフトに合わせて代表に就任。現在は一線を退き、業界発の社会貢献活動について模索している。尊敬する経営者はなし、座右の銘もなし。サンキューグループ:公式サイト

執筆者プロフィール

赤星 アキラ

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元証券マン。リーマンショックを経て、ハタラクとジンセイをひたすら考え続ける。2015年春、縁あって風俗業界に転じ、FENIXプロジェクトを企画。Fenixzineを風俗でハタラク男性のプラットフォームにしていきたい。好きな音楽はV2。福岡市出身。

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