再び、三度の夜の世界~“境界”を繋ぐ人。『夜遊び情報館オアシス』タカムラ #2

2019年06月28日

by松坂 治良松坂 治良編集者・ライター

――『夜遊び情報館オアシス』の代表、タカムラ氏。かつて彼が夜の世界で働きはじめたのは、完全に“好奇心”だった。

高収入を望むわけではなく、人より上に立ちたいわけでもなく、客の延長としての純粋な憧れと興味から、彼は風俗案内所で仕事をしていたにすぎない。

だから大学を卒業後、一般企業に就職したタカムラ青年が、戻ってくるはずはなかったのだが……。

新卒入社は、3か月で挫折。帰った場所は……

のっけからこんな話をするのは少し心苦しいんですが、大学卒業後、僕は就職した大手のビール会社を3か月で辞めてしまいます。

五反田での出来事が楽しすぎたんですね。サラリーマン的な仕事にも馴染むことができなくて、『オアシス』に戻ってしまうんですよ。

僕が馴染めないことに、薄々感づいていたのかな。Aさんも黙って働かせて下さいました。

「やりますよ」 派遣事業の立ち上げ。20代前半の決意

その後、Aさんのツテで西麻布のビル管理会社に勤めることになるんです。そこの社長に「人材派遣事業を始めるから、手伝ってくれ」と誘われて。

蓋を開けてみると、派遣事業の免許も取れていないという状況だったんですが、何というか、僕も若かったんですよ。2006年というと、まだ23、4でしょう? それに70歳になるAさんも共に入社していましたから、彼のためにもという思いがありました。

きっとこの背負い込んじゃう感じこそ、若さなんでしょうね(笑)。

「やりますよ僕。僕が派遣事業、立ち上げますから」

当時スリーエフというコンビニのお弁当工場が千葉県にあって、僕自らが派遣されるという荒業を駆使したりしました(笑)。何とか事業を立ち上げたんです。

派遣先で、早朝から夕方まで皆さんに混じってお弁当をつくり、それが終わると西麻布に戻ってビル管理会社の事務作業……。

文字通り不眠不休でしたけど、首都圏の人手不足は、当時から深刻だったんですね。僕も労働者さんの面接をしっかりということは心がけていたので、ありがたいことに、立ち上げた派遣事業はすぐに評判になったんです。

明けて2007年には、僕は独立して、株式会社ザ・ベストサービスを設立するほどでした。

世の中、そして身内。2つのダメージが僕と会社を蝕む

とても順調でしたよね。外国人の方を中心に口コミが広がって、面接また面接の日々で……。

「ゼロからここまでできるじゃないか」

25歳で一企業の社長。正直に、誇らしい思いでした。

ところが、なんです。2008年の9月半ばぐらいでしたか。リーマンショックが起きて、労働者派遣、特に製造業派遣への風当たりが、途端に厳しくなったんです。

「タカムラさんのところがちゃんとやっているのはわかるけど、万が一があるから……」

法律の改正だなんだで世論も騒がしかったですからね。皆さんが予防線を張ってしまって、大手でさえ苦しかった時期でした。

それに、悪いことは重なるって、本当なんですよ。その9月末には、Aさんが個人的にトラブルを引き起こしてしまって、僕はその対応にも追われたんです。

社会的な打撃と、恩師のトラブルと。この2つの不幸に同時に見舞われて、僕も会社も立ち行かなくなってしまいました。

身動きできず。でもその時、目の前にあったものこそ

その時救いになったものこそが、またもやここ『オアシス』だったんですね。Aさんの縁で、ザ・ベストサービスが経営権を引き継ぐことができて……。

僕は、風俗案内所というサービスには、まだまだ需要があると考えていました。自分の経験から言っても、必ず利益を出せると思ったんです。

風俗店から広告掲載料をいただくというのは、ビジネスモデルとしても明快でしょう? 安定して収益が見込めると踏んだんですね。

何よりここには楽しい思い出が詰まっていました。さらにその時の僕には、たった1人で派遣事業を立ち上げ、独立するまでに至った自信もあったんです。心配するAさんに僕、言ったんですよ。

「大丈夫。Aさんが見込んでくれた僕です。今日までを見て下さいよ。僕は、Aさんに恩返しだってしたいんです」

2009年の6月11日。ちょうど10年前ですね、こうして新生オアシスは、オープンに至ったんです。

――25歳で青年社長としての成功を手にしたタカムラ代表。だが社会と身内と、2つの打撃を受けて、会社は大きな転換を迫られる。

眼前に現れたのは、楽しい思い出の詰まった『オアシス』だった。彼は自らの事業として風俗案内所の“経営”に着手するのだ。

だがそれは、新たな波乱の幕開けだった。

「僕は甘かったんですね。責任のなかったバイトではなく、経営を預かる代表取締役なんだという重みが、わかっていなかった」

彼は自分を育み、愛したはずの“夜の世界”の仕事を、この後一度、否定してしまうことになる……。

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思いは、この地とともに~“境界”を繋ぐ人。『夜遊び情報館オアシス』タカムラ #3

タカムラ

高知県出身。多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)修了。業界歴はバイト時代も合わせ、12年。経営する『夜遊び情報館オアシス』は、風俗案内所業務に留まらず、まちづくりにさえ関わる様々な活動を行っている。取り組みが評価され、『オアシス』は品川区環境浄化推進店舗に認定。「誰とでも話す」という姿勢から、代表にも業界の枠を越えた熱い期待が寄せられている。

執筆者プロフィール

松坂 治良

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小さな出版社などを経て、”誠実に求人広告をつくろう“という姿勢に惹かれ、現職に就く。数年来クラシック音楽と仏教に傾倒中で、最近打たれた言葉は「芸者商売 仏の位 花と線香で 日をおくる(猷禅玄達)」。……向き合った相手の“人となり”や思いを、きちんと言葉にしたいと願う、今日このごろです。

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