彼の正体は“起業家” ヘアメイク兼内勤スタッフ 涼太さん(グランドオペラ)後編~ナイトワーク『ピックアップ スタッフ』~

2025年01月30日

by松坂 治良松坂 治良編集者・ライター

――立ち上げた清掃事業を共同経営者に任せ、30歳の涼太さんは、空き時間に『グランドオペラ横浜』で内勤スタッフのバイトを始める。

かつて10年培ったヘアメイクのキャリア。それを再び役立てるつもりは「少しもなかった」と語るのだが……。

「何言ってんの?」からの逆転。道具まで揃えてくれた

たぶん忙しかったんでしょうね。お店に来たキャストさんが、挨拶も早々に髪が乱れたままお客様の元に伺うことがあって。送迎の車内で整えるにしても、慌しいじゃないですか。大丈夫かなと。

16歳から人の髪を見てきましたからね(笑)。どうしても気になっちゃって。

「髪とかって直さないんですか? あのまま伺ったらマズいですよ」
「確かにね。高級店だし……。車でやれるとは思うんだけど」

それで思いきって店長に「僕にセットやらせてもらえないですか?」って、お願いしてみたんです。初めは「君何言ってんの?」って顔されましたね。

「僕昔ヘアメイクで。10年……」と続けたら、「そうだ! 思い出した。プロがいるんじゃん」と。

すぐにワックスから道具から買ってくれたんです(笑)。今ではヘアセットは僕の業務の1つ。さきほどのキャストさんも、めちゃくちゃ喜んでくれました。

プロがいる意義。美意識=セットが得意なわけじゃない

そもそも皆さん女性だし、『グランドオペラ』はさすが高級店で、美意識をしっかり持っているキャストさんばかりなんですね。

でもだからと言って、全員が髪を結ったり直したりが“得意か”と言ったら、決してそうではありません。当然苦手な人もいます。

また冒頭で触れたように、単純に忙しくて間に合わない時もあるでしょう。学生さんもいればOLさんもいる。本業後に急いで髪を整えてという時間が省ければ、余裕もつくってあげられるじゃないですか。

僕ならメイクルームで10分か15分もあれば、髪のセットはできます。その間キャストさんはスマホを見たり本を読んだり、ときには僕と世間話をしたり……。

お仕事前のほんのひととき。リラックスできる空間を僕がつくれているのなら、こんなに嬉しいことはないですよね。

「僕にぜひ」と自ら動けば飽きない。支える環境もある

僕自身も楽しいですよ。下りてくるだけ、命じられるだけじゃなくて、主体的に「これやりたい。やります」と言ったことを業務にできたわけですから。もともとが飽き性だし(笑)。

それもこれも『グランドオペラ』の社風、懐の深さのおかげだと思うんですね。入って2、3か月のアルバイトが「あれちょっとどうなんですか」と言ったら、煙たがられるどころか、「お前生意気」と怒られるようなケースだってあるでしょう。

ところが「ヘアメイク?! やってくれるの?」と感謝までしてくれて、「この道具が必要」と言えば、値段も見ずに取り揃えてくれる。

おかげで本業の清掃はすっかり共同経営者に任せて、最近は毎日のように『オペラ』に来てバイトしています。出社したら8、9時間はいますよ(笑)。

今後は撮影時とかのヘアメイクも担当できたらいいですよね。

顔見知りのスタッフならキャストさんの緊張もほぐれるだろうし、会社的にも外の業者に払うお金が浮くじゃないですか(笑)。けっこうな経費削減になるかなと。

それこそヘアメイクスタジオとかフォトスタジオとか。自社で持っちゃうことだってできると思います。今のところ僕の起業プランにはないですが、もしここで企画が持ち上がるようなら、自分にできることはなんでもしたいです。

“他にやりたいことがある人間”を雇ってくれた感謝

遠い将来はわからないですが、今の僕の一番の目標は、あくまで起業した清掃事業の法人化です。その先は更に顧客を増やして、規模的にもエリア的にも広げていってというビジョンですね。

結果を見届けられたら、新たにまた何かを始めるでしょう。実際「できることないかな」「今おもしろい分野は何かな」というアンテナは、常に張り巡らせています。

そんな事情でも雇ってくれた『グランドオペラ』には感謝だし、お伝えしてきたように、業務や組織づくり、マネジメントの面で、経営者を志す僕には日々学ぶことばかりです。良いものは自分の会社にも取り入れていきたい。

ヘアメイクのスキルを活かせたのも幸運ですよね。

他の業界や適材適所という意識のない職場だと、なかなかこうはいかないでしょう。“新人”の提案をすぐに受け入れてくれる環境とも限りません。僕自身ヘアメイクをするつもりで求人に応募したわけじゃないですから。

この業界は“次のフィールド”になる。まず動いてみよう

一方で、この幸運は僕に限らないとも思うんですね。

たまたま僕にはヘアメイクというスキルがありましたけど、例えばライターさん、カメラマンさん、デザイナーさん……他にも色んな分野で活躍されてきた方の、“次のフィールド”になる職場が、この業界には案外たくさんある気がするんです。

まず動いてみるのが大事なんじゃないかなと。事実16歳の時、僕にも先がどうなるかなんてわからなかった。とりあえず歌舞伎町のヘアメイクスタジオに「雇ってくれませんか?」と電話してみたんです。

『グランドオペラ』も同じです。「暇つぶしにはなるかな」で応募したら、ご縁をつくれたし、新たなやりがいもできました。

今このインタビューをご覧いただいている方も、ぜひ。動けばきっと、何かが生まれますから。

<取材を終えて>

今回はヘアメイクさんの取材だったはずが、終わってみれば“起業家”の取材だったようだ。帰る道すがら「グランドオペラらしい」と、率直に思った。

バイトから社長に登りつめた方もいれば、年齢も性別も様々。学歴も中卒、大学の新卒、第二新卒まで多士済々なのがこのグループなのだ。現に今も『VOICE』の取材でお会いしたたくさんの方々の顔が目に浮かんでいる。

こうして個々の能力や得意分野を引き出せていることこそが、四半世紀に及ぶ事業継続と多店舗展開の源なのだろう。次は、どんな方に。再びオフィスにお邪魔するのが、今から楽しみだ。

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執筆者プロフィール

松坂 治良

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小さな出版社などを経て、”誠実に求人広告をつくろう“という姿勢に惹かれ、現職に就く。数年来クラシック音楽と仏教に傾倒中で、最近打たれた言葉は「芸者商売 仏の位 花と線香で 日をおくる(猷禅玄達)」。……向き合った相手の“人となり”や思いを、きちんと言葉にしたいと願う、今日このごろです。

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