セックスワークサミット行ってみた2 ~『震災風俗嬢』から読む風俗店の在り方~

2017年01月17日

by新海 亨新海 亨編集長

性風俗産業の進むべき方向性を議論するイベント『セックスワークサミット2016冬@渋谷』が2016年12月18日に開催された。

今回のテーマは、2016年に出版され話題となった『震災風俗嬢』(小野一光著)と『歌舞伎町はなぜ<ぼったくり>がなくならないのか』(武岡暢著)の著者を招き、参加者らと共に活発な議論が行われた。

その中から、『Fenixzine』では、東日本大震災の被災地で風俗店取材を重ねた小野一光さんのお話をお届けする。

戦後最大の被害となった震災の後、“風俗店の在り方”とはいったいどのようなものだったのか。風俗店の経営者、そこで働く女性、そして、それを利用する人々の思いを小野さんの言葉と『震災風俗嬢』から紹介していく。

震災発生の1週間後から営業を再開した石巻市のデリヘル

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小野一光/フリーライター

1966年生まれ福岡県出身。「戦場から風俗まで」をテーマに国際紛争の取材から、殺人事件、自然災害、風俗嬢のインタビューを長年続ける。東日本大震災発生時の翌日には被災地に出向き、取材を重ねた。


小野一光さん(以降 小野)
:2011年3月11日の震災発生1週間後から、営業を再開したデリヘルが石巻にあるということを知り、経営者や働く女性たちを5年間に渡り取材をしました。

一週間で営業を再開したと言っても、地震発生直後はライフラインが分断されていたのでラブホテルなどは使えず、派遣先は自宅のみだったそうです。

それから3月28日にラブホテルが営業を再開し、そのデリヘル店も本格的に再開したと聞いています。

当時は避難所生活で、お風呂に入れない方々がたくさんいました。そんな中でラブホテルのお風呂を利用する人が多くおり、そこで「ついでに呼んでみるか」という具合にデリヘルが利用されていたんです。

「今の時期だからこそ癒しが必要」風俗店経営者たちの思い


小野
:風俗店の経営者の方々には、岩手県と宮城県でひとりずつお話を伺いました。宮城県石巻市の経営者の方は、「女の子たちを早く食わしていかなきゃいけない」とおっしゃっていました。

なぜ、震災発生から1週間という早さで営業を再開したのか、著書では石巻のデリヘル経営者の方の言葉でこう綴られている。

「俺らにとって商売だからってこともあったけど、やっぱり女の子が稼いでなんぼの世界だからね。こういうときだからおカネも必要でしょ。それが気になって早めに連絡つけようとしたわけ」  出所:『震災風俗嬢』より抜粋

震災後、数日は電話がつながりづらい状況であったというが、粘り強く連絡を続け、地震発生前に働いていた女性全員とコンタクトをとることができたという。

小野:その彼は女性に対して、「今の時期だから癒しを求めている人は多いだろう。だから、相手をできるだけ癒してほしい」とよく伝えていたそうです。

ただ、抜くだけでではなく癒しに専念して欲しいと。

小野さんが取材をしたデリヘル店舗は、経営者の思いのとおり震災前よりも需要が高まったという。

小野:一番需要があったのは四から五月くらい。取材した女性の話では、震災前の接客数が1日ひとりからふたりだったのに対して、震災後のピーク時は、1日6から7人も付いたそうです。

その経営者は、女性の働き口を確保するため、そして、利用するお客さんに精神的な癒しを提供するために早期の営業再開を決めた。

結果として、お店は震災前より繁盛したというが、働く女性や利用するお客さんからの不満や苦情はなかったのだろうか。。

「風俗という仕事があってよかった」風俗店で働く女性たちの思い

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小野:人によるところもあるんですが、私が実際に働いた女性から多く聞いたのは、「風俗の仕事があってよかった」という声です。

震災で会社が潰れたり、職を失ったりしてする人が地にあふれるような状況でしたが、「風俗の仕事をすることで、何とか食べていくことができる」と話す女性が半数以上でしたね。

多くの女性は、風俗の仕事があったことにポジティブな意見であったと小野さんは語る。

もちろん震災を機にお店に顔を出さなくなった女性が少なからずいたというが、逆に震災後に夫の給料が減り、風俗店で働く選択をした女性が存在することも著書の中で紹介している。

生活の基盤を支える収入源として風俗の仕事は、被災地において一定の役割を果たしていたと言えるのではないだろうか。

「人肌に触れないと気が狂いそうになる」風俗店を利用する人たちの思い

小野:風俗を利用する人々には直接取材することはできませんでした。だから、取材をした女性を通して得た情報になってしまうのですが。

女性たちが言うには、利用する男性客は、「風俗に行くことが不謹慎だということはわかっている。けれど、人肌に触れないと気が狂いそうになる」と話していたと言います。

彼らは、職場や自分の生活圏内にいる人たちに自分の悲しみを一切話すことができないそうです。

風俗で接する女性というのは“究極の他人”というか、肌を合わせさえするけれど、自分の生活圏の中にはいない。だらかこそ、“素の心”とか“素の思い”をさらけ出すことができる。そう答える男性は多かったようです。

利用客と働く女性は“究極の他人”と小野さんは話す。お互いに自分の生活圏にいない人間同士だからこそできるコミュニケーションがあるという。

小野:ある女性に、お客さんから奥さんや子どもを失った話を聞いたら、どう対応するのかを聞きました。そうしたら、「一緒に泣いちゃいます」と話してくれました。

実は、その女性も両親を津波で失っているんです。同じ境遇だからこそ、話せる部分があったんだと思います。ほかの女性の中には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまう方もいれば、お客さんと話をすることで楽になったという方もいらっしゃいました。

大規模災害の中の風俗店の在り方とは

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経営者や働く女性は収入を得られ、利用する男性客は周りに明かすことのできない悲しみを癒すことができる。

そう語る小野さんであったが、本の出版にあたり次のような批判があったという。

小野:私が本を出版するにあたり受けた批判としては、「男性ばかり(風俗という)逃げ場があるけれど、女性はどうしたらいいんだ」というものです。

そのことに関しては、「ゼロがプラスに、マイナスがゼロ以上にもっていく行為。例えば、(男女の)両者に平等にないのは残念ではあるけれど、仕方のないことでもある」というふうな話を返しました。

社会の中で埋もれてしまっていること、なかったことにされてしまっていることに光を当てていきたい。そんな思いでこの本を書きました。

私は23歳から週刊誌や月刊誌などで風俗の記事を書き続けてきましたが、この『震災風俗嬢』の取材を通して、風俗が救いになるという意識が強くなりました。

1995年の今日(1月17日)、阪神淡路大震災が発生した。地震大国と呼ばれる日本では、多数の被害者を出す震災が数年おきに発生している。

そうした大規模災害の中で、“風俗店の在り方”というのは、人それぞれ考えが違って当然である。

しかし、被災地における風俗が、未曾有の災害から立ち直ろうとする人々を救い、勇気づけたことは事実である。

セックスワークサミット

セックスワークサミット

これからの性風俗産業の進むべき方向性を議論するべく、2012年より全国で開催。毎回多彩なゲストと共に、セックスワークに関する熱い議論が繰り広げられている。主宰は、一般社団法人ホワイトハンズ(代表:坂爪真吾)
紹介ページ:セックスワークサミット:公式サイト

執筆者プロフィール

新海 亨

新海 亨編集長記事一覧

元大手ハウスメーカー営業マン。お金と引きかえに自由とやりがいを手放す生活から決別するため転職を決意。ある風俗サイトに感銘を受け、デザイナーとして仕事を始めるも、いつのまにか編集員に。最近はハマっている一眼レフカメラの仲間を求め奔走中。座右の銘は“STAY GOLD!!” 東京都出身。

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