「15歳。手にした本は……」~なぜ“やれた”のか。プレジャーファクトリーグループ代表 斎藤義之#01

2020年01月14日

by松坂 治良松坂 治良編集者・ライター

――越谷市から始まり、グループとしては12周年を迎えている『プレジャーファクトリーグループ』。業界内では比較的新しい企業と言え、実際スタッフを束ねる斎藤代表も、まだ33歳と若い。

その『プレジャーファクトリー』が現在、不動産、飲食、運送、一般の職業紹介まで、幅広く事業展開しているのを知れば、「なぜ?」と疑問が湧くのは当然だろう。十年と少しの企業体が、あたかも怖いもの知らずで成長を続けた原動力は何なのか。そしてどうして、“始まり”はデリヘル事業だったのか……。

「思うだけじゃなかったから」

謎のようなキーワードだが、答えはここに集約されていた。

高3の年には起業していた兄。環境に恵まれていた

昔から好奇心が強い……というか、すぐに動く性格だったような気がします。そしてこれは、兄の影響が大きいのかなと。

と言うのも、僕が中学校を卒業して16歳になろうかという時には、もうウチの兄は起業していたんですよ。

年の離れた兄弟?(笑) 違うんです。そう思われるのも無理はないんですが、兄もまだ18歳でした。

中3で手にした経営学の本。すべてが始まった日

中3の、もう終わりだったと思います。兄の部屋で『あなたの会社が90日で儲かる!(神田 昌典,フォレスト出版,1999)』という本を見つけたんですね。これが驚くほどおもしろくて。

企業の利益の上げ方だとか、目を引くキャッチコピーの付け方、商品の提案の仕方なんかが、それこそ中学生の僕でも読み進められるぐらい、わかりやく書かれていたんです。

もろに影響された僕は、もうその頃から早く社会に出たくて仕方がなかったんですが(笑)、とりあえずということで、経営を勉強できる大学に進むことにしたんです。

『ベンチャー起業科』への入学。戸惑いと決意と

それで、時代もあったんでしょうね。当時埼玉の田舎の方に、『ベンチャー起業科』という学科を設けている大学があって。

きっと普通にサラリーマンやアルバイトをするよりも、実践的に学べるに違いないと思って、すごく期待したんです。受験・入学を経て、講義を受け始めました。

ところがどの先生のお話を聞いても、自分が独学で読んできた本より、内容が薄かったんですね。それだけならまだ良かったんですが、周りの学生にも魅力を感じませんでした。

経営のことや将来を話し合いたいのに、夢を問えば「とりあえず何か飲食店の店長でも」とか「考え中」とかですね(笑)。すっかりアテが外れてしまって……。

「これじゃダメだ。自分で何かやろう」

18歳で開業した深夜バー。半年で終わったが、学びも

ということで、先輩とバーを始めたんです。僕も先輩も昼間は学業があるから、2:00オープンの深夜バー。越谷市の外れで、スペースを間借りして始めました。

それなりに内装もがんばっていたと思うし、出すメニューも悪くなかったと思うんですが、やっぱり時間帯ですよね(笑)。深夜に始めて翌朝までということだと、客数も売上も知れています。半年も持たなかったんじゃないかな。

だからもう、その時は飢えだけだったんですよね。実践的な学びに対する飢え。大学のカリキュラムにも絶望したし、キャンパスで会う同世代にも惹かれない。しかしまだ自分は18歳という時に、とにかく何かしたかったんです。

実際開業に関する書類の申請、売上管理や広告まで自分でやってみて、得たものは多かったですよ。単純に手続きってめんどくさいんだな、とかですね。どの本にも「書類めんどうだよ」とは書いていないですから(笑)。

今思うと、この頃から僕は、分業や役割ということを考え始めていたのかもしれません。

アメリカのはずがカナダに。でも、自分は動じない

その後キャンパスに戻るのも何か違う気がしたので、しばらくは兄の会社を手伝いました。これも半年ぐらいかな?

でももう働いている間もずっと、ウズウズしてきちゃうんですよ(笑)。何かできないかなって。

本格的にそこで仕事をしても良かったんですけど、10代の内にということで、今度はアメリカ行きを決めました。1年ぐらいワーキングホリデーをしてみようと。

これには仕事ということだけではなくて、小さい頃からの思いもありました。バスケットが大好きでしたし、文化への憧れですね。

ところが当時、ビザが下りなかったんですよ。

じゃあということで、隣のカナダに変えました。トロントも大きな街ですし、アメリカの田舎よりはずっと楽しいぐらいかなって……。

この辺り、僕はいつも前向きですね(笑)。考え通りに行かないのは当たり前と思って、昔からすぐに次の行動に移ります。

古着屋は英語を話せずクビ。その後何を学び、得たのか

とは言え現金50万円を握りしめてトロントに行ったら、無茶苦茶でしたけどね。

まず-20℃で寒い。住むところが決まっていない。おまけに英語が喋れない(笑)。

案の定、最初に働き始めた古着屋さんは、英語が喋れなすぎてすぐにクビです。向こうの店長さんに、ゆっくりとした英語で「ごめんね。雇えない」と言われて、こっちが申し訳なかったですよ。

で、メインストリートの焼肉バイキングでしばらく働いて、最後はお寿司屋さんでした。 “Yakiniku”も“Sushi”もちゃんと認知されてましたね。忙しかったですよ、毎日。

帰国して親にも友だちにも「働いて英語喋れるようになってきただけだろ」ってからかわれたりしたんですけど、そうでもないんですよね。

日本語が話せる環境にないということは、コミュニケーションを取るのにすごく苦労するわけですよね。伝え方に工夫が必要になる。

それに生活の中に、日々ちょっとした戸惑いがあります。それこそ車線も自転車のブレーキの位置も左右逆だったり、トイレの鍵のつくりが違ったり。その度に外国人の僕は対処を考えるし、意識を切り替える。こういうことって、ビジネスでも大切なことなんです。

何より外国に1人となれば、否が応でも日本のことを考えるし、自分のことも振り返ります。人生観みたいなものも、こういうところで形成されたような気がするんです。

「デリヘルをやらないか」。21歳で、なぜ受けたのか

戻ってまた兄の仕事を手伝ったり、アルバイトをしたりという生活を送っていたんですが、21歳の時に「デリバリーヘルスをやってみないか」と誘われました。その数年前から、兄は新たな事業としてデリヘルに目を付けていて、そこそこの売上も出していたんです。

正直最初は断っていたんですよ。僕もまだ20歳そこそこという年齢だったんで、女性の性的なサービスで商売をするということに、抵抗があったんですね。男女の関係については潔癖というか、ちょっとカタすぎるぐらいの考え方をする青年でしたし。

ただ兄や共同経営者の方に、「いずれは上の立場で」と語られるうちに、心が揺らいできました。

説得されたということではないんです。事業の現状や展望を聞いていると、「僕ならこうやるな」とか、「そういうことならお客様にはこうだな」ということが、次々と頭に思い浮かぶんですよ。

同時にそこで、色々な思い出も心と頭を過ぎりました。中学校から高校にかけて、学校の勉強どころか友達と遊ぶのも忘れて、兄の部屋の経営書を読み漁ったこと、大学に入った時の失望感、バーの立ち上げ、カナダでの日々……。

「今目の前に、経営に携れるチャンスがある。みすみす棒に振っていいのか?」

ある意味で、誰もがこんな恵まれた環境にいられるわけじゃないですよね。実力を試す機会があるなら、やってみたっていいんじゃないかって。

「お世話になります」と頭を下げた時には、もう気持ちは切り替わっていました。むしろ何と言えばいいかな、考えていたこと、やってみたいことが、身から溢れだすような感覚があったんです。

――“やりたいことが、身から溢れだす感覚”……。21歳という年齢は、確かに若い。だが15歳で経営書を手にしていた斎藤青年にとっては、いよいよという言葉の方がふさわしかったのかもしれない。

では実際に、彼はまず何をやったのか。それは新入社員の仕事の“範疇”を、大きすぎるほど超えるものだった……

(インタビュー:新海亨)

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「前年比100%!? 飛躍の核心」~なぜ“やれた”のか。プレジャーファクトリーグループ代表 斎藤義之#02

斎藤 義之(さいとう よしゆき)

東京都出身。業界歴は11年。中高生時代から経営に興味を持ち、大学に進むものの、退屈さから18歳でバーの経営に携わる。その後21歳で『プレジャーファクトリーグループ』に入社すると、2011年、若干25歳で代表に。2019年現在FC含めて15店舗のデリバリーヘルスを運営するだけではなく、不動産ほか、多角的な事業展開をする企業体にまで、グループを育てている。33歳。

執筆者プロフィール

松坂 治良

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小さな出版社などを経て、”誠実に求人広告をつくろう“という姿勢に惹かれ、現職に就く。数年来クラシック音楽と仏教に傾倒中で、最近打たれた言葉は「芸者商売 仏の位 花と線香で 日をおくる(猷禅玄達)」。……向き合った相手の“人となり”や思いを、きちんと言葉にしたいと願う、今日このごろです。

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