「みんなでもうけて、みんなで幸せになる! 業界健全化とコンサルタントへの道程」 ~風俗コンサルタント・大崎柳也さん#2~

2016年11月17日

by新海 亨新海 亨編集長

――偶然の出会いから大手店舗型ヘルスグループで働くことになり、風俗の仕事にやりがいを見出していった大崎さん。

今回は、大崎さんが基本理念としている風俗業界の「健全化」の礎となった大手店舗型ヘルスグループ会長の“イズム”と、地方都市での新店立ち上げからコンサルタントに至る過程を語っていただいた。

大手店舗型ヘルスグループ会長の“イズム”―すべてのベースを形作るもの

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私が考える風俗の健全化を語るうえで、ベースになっているのが#1でお話した大手店舗型ヘルスグループの会長です。ジンセイで初めて出会った異次元の超お金持ちでした。

風俗店だけでなく、不動産を始め30社以上も事業展開をされていて、クルーザーを所有していたり、カードはもちろんブラックだったり(笑)。

寡黙な方で、パッと見は普通で身なりは地味なんですけど、一代で成り上がったというだけあって、オーラが半端ではないんです。でも、面倒見がいい方で、「なにかあったら連絡してこい!」と、面識がまだあまりない私に携帯電話の番号を教えてくださったことがとても印象に残っています。

その会長の考えは、グループのなかで“イズム”なんて言われていて、次にお話するふたつは、私自身とても影響を受けています。

そのひとつが、“徹底したもうけ主義”です。

これは渋谷のおっパブ店に入ったときからずっとそうなんですが、毎年店舗ごとに事業計画をキチンと決めます。そして、毎日、1円でも多く稼ぐためにはどうしたらいいのかを必死に考えます。体験的に日々の業務すべてが、“経営”につながっている感覚です。

その流れのなかで、私は、エリア代表時代にオナクラ(=オナニークラブ※)のプロトタイプを考案しました。「脱がない・舐めない・触られない」という風俗業界でよく言われる “3ない”ですね。

店舗型の場合、部屋数が決まっているので、女性の欠勤で空きを作らないのはもちろん、いかに回転率を上げるかを常に考えます。そこで、生理中の女性でもできる接客、プレイとプレイのすき間を有効活用できないかと考え、脱がない風俗、短時間プレイのオナクラを思いついたんです。

これはひとつの例ですが、とことん頭の中で考えて、実践して、成功や失敗を繰り返しては改善して、徹底的に儲けを出すようにするんです。

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もうひとつは、“厳格な法令順守”です。

会長は、元々ソープランド店だったビルを億単位のカネで買収して新たな風俗店を出店しました。しかし、ソープは法的にグレーな部分があるという理由で、ファッションヘルスにくら替えして開業させたんです。

「法に触れることはしない」ということは徹底されていました。この業界は、今でも悪いことをして稼ぐ人や、裏社会とのつながりを疑われても仕方のないような人たちが少なからず存在します。

しかし、そんなことをしていては、いつまで経ってもビジネスとして大成しません。会長のこうした姿勢が、今の私が考える“健全化”の基本理念になっています。

――風俗業界の「健全化」を進める大崎さんの理念は、徹底したもうけ主義と厳格な法令順守という会長の“イズム”が色濃く反映されている。

続いて、コンサルタントとして自信を深めたという地方都市での新店立ち上げ経験について伺った。

地方都市での店立ち上げ経験―コンサルタントとしての自信

今のコンサルティングのベースになっているのは、ある地方都市エリアでの立ち上げ経験です。

最初は、首都圏から集められたスタッフ5名でのスタートだったんですが、開店前は徹夜続きで……。友達には、「目が死んでるよ」なんて言われましたね(笑)。

当時は、首都圏にはない“地元ルール”というのがありました。

たとえば、女性もお客さまも「素股ってなに?」という感じだったんですよ。だから、女性の教育やお客さまへの注意についても言えることですが、“ファッションヘルス”というサービスを認知していただくために大変な思いをしました。

それに、元々が首都圏の店舗型ヘルスグループですから、地元の既存店とのあつれきがありましたし、知名度の向上にも苦労しました。

しかし、約一年半の間に、十数億円で買収した5店舗を新たにファッションヘルス店として立ち上げました。

最終的には、そのエリアの代表まで務めさせていただきました。ここでの経験は非常に貴重で、コンサルティングを生業としている今、新規開業についてはだれよりも自信をもっています。


――十数億円という資金が動くビックビジネス。連日の徹夜仕事。普通の人なら音を上げかねないような状況にもかかわらず、「仕事が楽しかった、苦にならなかったですよ」と大崎さんは語る。

そんな大崎さんだが、実は一度風俗業界から身を引いたことがあるという。

幸せを満たして降り注ぐシャンパンタワーのように

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この後、2005年に一度独立しまして、風俗との実質的なかかわりからは4年ほど離れていたんです。

その理由は、風俗業界である程度やり尽した感があったのと、一度、自分でほかの事業をやりたかったからです。それと30歳を前に結婚を考えた彼女がいたというのもあります。

地方でいろんなビジネスをやりました。昼のものだと自動車オークションの代行とか、輸入中古車の取り扱い、マリンスポーツ用品の販売などですね。夜のものだと、キャバクラ経営がメインでした。

そんななかで、風俗業界に戻るキッカケとなる人物に出会いました。

たまたま見かけた一枚のフライヤーに魅了されてしまったんです。それを作った方がキャバクラやナイトクラブなどを経営されていると聞いたので、「一緒にビジネスをやりたい」と私のほうからアプローチしました。

彼は、私よりも少し年上の、いわば兄貴的な経営者でした。見た目だけでなく生き方もカッコよくて、公私ともに尊敬できる人だったんです。

ふたりで将来の夢をよく語り合い、“シャンパンタワーの話”を引き合いに出していました。「てっぺんのグラスから順番にシャンパンが滴り落ちていくように、自分たちがもっと成功して、従業員やその家族など、かかわる人すべてを幸せにしよう」っていう。

まずは自分のグラスが満杯にならないといけないんですよ。「私たち経営者が、より成功してみんなでもうけて、みんなで幸せになろう」って言ってました。

しかし、そんな彼は、自ら命を絶ってしまったんです。原因は人間関係の悩みや、資金繰りの悪化だったそうです。

“経営者の孤独”という言葉がありますけど、力になれなかった自分が歯がゆくて……。そのとき、「健全化」された風俗業界で、経営者の力になれるようなパートナーとしてコンサルティングができないかと考えたんです。

それに、自分の事業があまりうまくいっていなかったというのもあって、もう一度風俗の世界で勝負をしたいと、再起をかけて東京に出てきました。

――兄貴分と慕う仲間の経営者の死が大崎さんの心に火をつけ、風俗業界に戻るキッカケとなる。しかし、同時にほかの事業を興したことで、改めて風俗という仕事の魅力に気付いたと言う。

「この仕事は非日常の毎日ですからね。刺激という意味では事欠かないですよ」

次回最終回では、風俗業界の「健全化」を基本理念とし、コンサルティングを行う大崎さんの今と、業界にかかわる人々へのメッセージをお届けする。

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「かかわる人すべてが幸せになるための『業界健全化』」 ~風俗コンサルタント・大崎柳也さん#3~

大崎柳也

大崎柳也(おおさきりゅうや)

1978年、群馬県出身。大学卒業後、設計事務所勤務を経て、著名大手グループを2グループ経験。2012年より風俗コンサルタントとして活動する。業界と警察関係機関が協力して設立した団体の幹部を務め、セミナー登壇やメディアへの露出も多い。かかわる人すべてが幸せになるための「健全化」を活動理念に掲げ、“適正価格・適正サービス”の推進や、社会貢献を通して業界イメージ向上を目指す。好きな時間の過ごし方は、コーヒーを片手に読書。
「風俗プレナー」:公式サイト

執筆者プロフィール

新海 亨

新海 亨編集長記事一覧

元大手ハウスメーカー営業マン。お金と引きかえに自由とやりがいを手放す生活から決別するため転職を決意。ある風俗サイトに感銘を受け、デザイナーとして仕事を始めるも、いつのまにか編集員に。最近はハマっている一眼レフカメラの仲間を求め奔走中。座右の銘は“STAY GOLD!!” 東京都出身。

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