「全国展開できたのはフランチャイズの考え方を持ち込んだから」 ~サンキューグループ元会長・平井学の回顧録#2~

2017年10月09日

by赤星 アキラ赤星 アキラ編集部

――業界に初めて、流通の考え方を持ち込み、大成功を収めた初代『サンキュー』。

連載第二回の今回は、デリヘルに業態シフトし、平井さん自ら経営の指揮を執るようになった二代目『サンキュー』の展開について、お話を伺った。

最初はしょぼしょぼ始めたデリヘルサンキュー

箱ヘル時代の『サンキュー』はうまく行っていたんですけど、2004年の歌舞伎町浄化作戦で、箱ヘル自体がほぼダメになってしまったんです。

それで、その少し前から始めていたデリヘルにシフトしたんですけど、そのタイミングで前任者もいなくなってしまって。それで、僕が経営をするようになったんですね。

もうその頃は、ほかの事業は閉めて、風俗専業になっていました。やっぱり風俗に比べると、全然儲からないですから(笑)

デリヘルとしての最初は渋谷で、スタッフ二人くらいでしょぼしょぼやっていたんです。そもそもデリヘルって業態で(ビジネスが)回るのかどうかもわからなかったですし、僕もデリヘル未経験でしたし。

それに当時、「プラス部屋代を払うか」という問題もあったんですよ。これが箱ヘルだと、部屋代が要らないわけじゃないですか。

さらに、店員と会わないのを怖いと言う人もまだいっぱいいたんですね。お客様がデリヘルに慣れていないし、過渡期だったので。

ところが、箱ヘルが壊滅して、お客様の遊びに行くところがなくなってしまって。そこに、サンキューっていうブランドの知名度はあったから、お客様は来たんですよ!

「プラス部屋代を払うか」問題をレンタルルームで解決

とはいえ最初は、少なかったですね。

箱ヘルのときは、一店舗で一日120人ぐらい入っていたという話だったんですけど、それが30人とかそういう数字なんです。でも、客数は減っていても良かったんですよ。

なぜかというと、家賃、タオル、電気、水道、人件費、全部(箱ヘルと比べて)殆どないからです。余計な経費がかからないから、利益率は抜群に上がっちゃうんですよ。

もう今はみんな知っちゃってるから、デリヘルって20,000店舗以上もあるわけですけど(笑)

それで、じゃあ店を出そうってなるんですけど、でもさっきの部屋代問題があったので、レンタルルームとか安いラブホテルのあるエリアに拡大していったんですよ。

新宿、池袋、五反田は早かったですね。ほとんど出店は同時期でした。

その後、日暮里にあったというと、すぐ日暮里に出して、錦糸町にあると聞けば、錦糸町に出してという感じで、どんどん増えていきましたね。

――まだ黎明期だったデリヘルにシフトしたサンキューは、培った知名度を最大限に利用して、瞬く間に店舗を拡大。

2015年の最盛期には、全国21都道府県65店舗を数えるまでになる。業界中が注目した急成長の背景には、一体何があったのか。

全国展開できたのはフランチャイズの考え方を持ち込んだから

短期間で全国展開できたのは、フランチャイズ(以下FC)にしたのが大きいです。

一つは、リスク管理というとおかしいんですけど、このスピードで増えていくと、全部の店舗を監督出来ないですし、本気でやると、経営者はストレスで倒れてしまうので(笑)。それで、じゃあそれぞれオーナーを見つけようということで、FCを始めたんです。

オーナー側の最大のメリットは、広告が要らないということ。知名度があるから、ネットに上げたその日から、お客様から電話がかかってくるんです。値段が安いから、やっぱりお客様は来るんですよ。

それから、スタッフが独立するときの暖簾分けでFCというのも考えていました。

やっぱり風俗って特殊な社会だから、みんなに夢がないとダメなんですよ。今までならカネ。カネしか夢がなかったんです。今もそうですね(笑)

だから、「欲しい」って話になれば、「じゃあ、独立できるように、きっちりやれ」という話をして。

事例がいっぱいあれば、スタッフも一生懸命やりますし、「ああいうふうになれるんだ」というふうに思えるのが、一番大事ですからね。

――当時、まだ風俗業界では珍しかったFC展開。平井さん率いるサンキューは、ここでも流通の考え方を持ち込み、瞬く間に全国化を成し遂げた。

しかし、2015年1月。平井さんとサンキューを、ある大きな試練が襲うことになる。

連載最終回の次回は、サンキュー摘発事件の真相と新生サンキューのいま、そして名経営者から読者へのメッセージについて、語って頂く。

(インタビュー:新海亨)

>>次の記事 「新生サンキュー! 新しい風と新しい法令遵守が導くV字回復」 ~サンキューグループ元会長・平井学の回顧録#3~

平井 学(ひらい まなぶ)

1964年、横浜市出身。大学院中退後、流通系一部上場企業に就職。45歳のときに、父の会社を継ぐ形で事業家となる。その後、現在のサンキューグループの前身に関わるようになり、同グループのデリヘルシフトに合わせて代表に就任。現在は一線を退き、業界発の社会貢献活動について模索している。尊敬する経営者はなし、座右の銘もなし。サンキューグループ:公式サイト

執筆者プロフィール

赤星 アキラ

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元証券マン。リーマンショックを経て、ハタラクとジンセイをひたすら考え続ける。昨春、縁あって風俗業界に転じ、FENIXプロジェクトを企画。Fenixzineを風俗でハタラク男性のプラットフォームにしていきたい。好きな音楽はV2。福岡市出身。

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