『俺の旅』編集長 生駒明の『平成風俗史』~#4:そして、デリバリーヘルスの時代へ

2019年09月18日

by生駒 明生駒 明編集者・ライター

――前回見たように、1990年代は、『店舗型ヘルス』の時代だった。だが紙媒体からデジタルコンテンツへとメディアの重心が移り変わる過程で、風俗の“主流”の交代が起こる。

ただし誤解してはならないのは、この交代のそもそもの発端は、メディアにあったのではないということである。

勢力地図の塗り替えが行われた原因は“法”にこそあった。

今は無き『シティヘブン 東海版』。かつてその厚さは

平成11(1999)年、私のいた名古屋の風俗広告誌『シティヘブン東海版』は電話帳のような分厚さで、持ち運ぶのがたいへんだった。名古屋市内と近郊にあるほとんどの『店舗型ヘルス』が広告を載せていたのだ。

割引チケットも山のように付いており、切り取って遊びに行くのが常だった。当時はヘルスと言えば店舗型ヘルス。実際誌面の中身も、7割が店舗型ヘルス、3割がソープランドの広告だったのである。

名古屋の高級店は、数時間待ちは当たり前。キャストもハイレベルで、スタッフの意識も高かった。私も取材先で、あまりのキャストの可愛さに、惚れ惚れしたことが何度もある。

平成11年4月、日本の風俗業界に起こったこと

しかし状況が変わったのもこの年。平成11年4月のことだった。

『改正新風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)』施行。

昭和60(1985)年に施行された新風営法が更に大幅に改正されたもので、『性風俗特殊営業(届出営業=いわゆるセックス関連営業で、厳しく規制すべきもの)』の中に、以前から規制対象とされてきた『店舗型』だけではなく、『無店舗型』が追加されたのだ。

青少年保護の観点から、主に『無店舗型性風俗特殊営業(デリバリー型の風俗店)』と『映像送信型性風俗特殊営業(インターネットを用いてポルノ映像を売ること)』へ、規制の網を掛けることが目的だった。

国家は従来の空間的な規制によっては管理・統制できない上記の2業種に規制を設け、ピンクチラシのポスティングやネット上のポルノ映像などから、一般家庭や18歳未満の未成年を保護したかったのである。

新風営法で淘汰されたもの。そして『デリヘル』の登場

しばしば誤解されるところだが、この法改正で、店舗型ヘルスやソープランドに新たな規制が掛かり、それが後の“主流”の交代につながったわけではない。

ここで淘汰されたのは、ホテトルやデートクラブなどの、“無許可営業”を行っていた“派遣型”の本番風俗店である。問題とされたのは“届出の有無”ということだ。

そして、逆にこの法律改正を“勝機”とみる者たちがいた……。

『デリバリーヘルス』の誕生である。

携帯電話1つでやれるビジネス。『脱サラ』の受け皿に

法改正のこの年、実に全国で2,500店以上のデリバリーヘルスが届を出し、翌年には5,000店以上、翌々年には8,000店以上と、倍々ゲームのように飛躍的に店舗数を増やしていった。

それまでモグリで営業していたホテトル業者が、改正を“法による商売の後押し”として受け入れ、許可営業を背景に、攻めたのである。

さらに、『脱サラ』を考えていたサラリーマンも、この法改正に飛びついた。デリヘル開業に当たっては、高い家賃を払って店を構える必要がない。“携帯電話1つ”で始められるビジネスは、大きな魅力に映ったのである。

割高、店舗のない不安。だが若年層は違った

ただ私も覚えているが、出始めた頃、デリヘルは料金が割高に感じられた。

店舗型ヘルスなら60分1万6千円ほどで遊べたところが、デリヘルの場合はこれにホテル代が加わった。

また、それまで店舗型の個室に慣れていた年配層には、若干の抵抗もあっただろう。ホテルを探すのを手間と感じたり、電話での見えない相手とのやりとりに、不安を感じたのだ。

一方で若い世代の多くが、抵抗なくこれを受け入れた。ホテルの部屋でキャストと2人っきりになれるデリヘルは、彼らに本当に恋人と遊んでいるかのような気持ちを覚えさせたのだ。

――デリヘルは、それまでの風俗の常識を突き崩した。法により結果的に店舗が必要がなくなり、情報は雑誌や、後にはネットなどのメディアのみで得られるようになったのである。

街をブラブラして店に飛び込むのではなく、カタログでお店を決めて遊ぶという、言わば現代的な消費スタイルが導入されたのである。

そしてそれはネットの普及により加速し、さらに意外な形で、弟分のような“別の業態”さえ生み出す。……

【参考文献】
『フーゾク進化論』岩永文夫、平凡社、2009年
『昭和 平成 ニッポン性風俗史』白川充、展望社、2007年
『定本 風俗営業取締り』永井良和、河出ブックス、2015年
『日本の風俗嬢』中村淳彦、新潮社、2014年
『俺の旅 vol.1~vol.6』ミリオン出版、2003~2004年

※このほか名前は挙げませんが、多数のネット媒体を参照にしました。

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執筆者プロフィール

生駒 明

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1973年生まれ。新潟大学人文学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、2004年にミリオン出版に入社。編集長として“風俗総合誌”『俺の旅』を、15年の長きに渡り世に問い続けた。2019年4月、同誌は惜しまれつつも紙媒体としての役割を終え、現在Webでの再起を図っている。

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