『俺の旅』編集長 生駒明の『平成風俗史』~#6:店舗型風俗店の浄化作戦から学ぶコンプライアンスの重要性

2019年11月13日

by生駒 明生駒 明編集者・ライター

――前回は法改正とIT化の波がデリヘルを急増させ、業界の主流となっていった過程を紹介した。その影で、当時の店舗型風俗店はどうなったのだろうか。

キーワードとなるのは“浄化作戦”。「臭いものには蓋」と言わんばかりに各地で大規模な摘発が相次いだ。

今回は、そんな2000年代中頃の店舗型風俗店の受難の様子から、現在のゆがんだ風俗業界の現状を見ていきたい。

街の健全化を理由に、違法風俗店が一斉摘発


平成12年(2000)以前の歌舞伎町は、ぼったくり店が点在したり、暴力団同士の抗争があったりと、とにかく治安の悪い街であった。そんななか、平成16(2004)年に石原都知事による“歌舞伎町浄化作戦”が行われる。

平成17(2005)年4月から、”東京都迷惑防止条例”が強化され、全国で初めて、風俗店への呼び込みが一切禁止された。首都東京の街に“怪しいもの、淫らなものは必要ない”とばかりに、不法滞在の外国人逮捕、違法カジノ店、わいせつビデオ店などとともに、店舗型性風俗店の摘発が進められた。

取り締まりを受けた店舗は営業許可を受けていない違法な風俗店であった。ただ、昨日までは警察が前を通り過ぎても普通に営業ができていた店舗が次々に摘発されたのである。

平成17(2005)年の風営法の大改正によって、風営法違反の罰則が強化されたうえ、公安委員会に営業届を行い、届出確認書を店に備えるなど、開業のための規制も厳しくなった。

現時点(2019年現在)で新規店舗型風俗店の開業は許認可がおりず、ほぼ不可能となっている。(店舗型風俗店の開業は、既存の店舗を借り受けたり、買い取ったりするほか方法はない)

皮肉にもこの法改正と浄化作戦は、歌舞伎町の店舗型ヘルスを激減させ、届出書を提出することで開業を許される無店舗型店舗(デリバリーヘルス)への移行を後押しする結果となった。

歓楽街の浄化は関東一帯に波及。関西、そして全国にも飛び火

  

歌舞伎町の性風俗産業が大打撃を受けたのはもちろん、大規模摘発の波は関東全域へと伝わっていく。この流れは関西、九州、北海道など全国に飛び火していくことになる。

東京都下の町田にあった”田んぼ”と呼ばれるちょんの間地帯も、歌舞伎町浄化運動の煽りをうけて、平成17(2005)年には完全に消滅。

横浜黄金町は平成16(2004)年の12月から“バイバイ作戦”と呼ばれる当局による厳しい取締りが始まり、翌平成17(2005)年の8月には完全陥落となる。摘発の理由は、不法滞在の外国人女性や違法風俗店の増加による、環境のさらなる悪化を防ぐためであった。

横須賀市にあった安浦の旧遊廓が、平成22(2010)年の摘発で消滅。かつて昭和30~40年代にかけては60軒以上のちょんの間があった歴史ある色街だが、今はもうない。

かつて“NK流”と呼ばれる個室型の本サロが200軒以上もしのぎを削っていた埼玉西川口も、平成17(2005)年から始まった摘発と度重なる手入れによって、いともあっさりと瓦解してしまった。理由は歌舞伎町や黄金町と同様で、犯罪の温床となる要因が複雑に交錯している違法性風俗店をはじめとした社会環境を浄化する必要がある、ということであった。

大阪の梅田や十三にあった怪しいピンサロがなくなったのは痛手だった。“これぞ風俗”といった薄暗闇の中での狭い場所でのプレイが魅力だったのに。あの猥雑さは何物にも代え難い“古き良きもの”であった。昔取材で行った梅田のピンサロ『小悪魔の店』に、もう一度復活してほしいと切に思う。

京都では、五条楽園のちょんの間が、平成22(2010)年の末に摘発が相次ぎ、全店休業へ。再開の見通しは今も全く立っていない。

この他にも、平成14(2002)年ごろから福岡県雑餉隈の風俗街が摘発されていく。北海道では、札幌の北二十四条の本サロ街が、平成20(2008)年に摘発をうけ消滅。沖縄では「安い、若い、可愛い」と本土のマスコミに賛辞されていた真栄原が、平成22(2010)年には姿を消してしまうのである。

性風俗業界は社会から“見えない”存在にしなければならない


大規模な浄化作戦の大義名分となった風営法の改正。その目的は、過激な方向へといつも向かうであろう風俗営業を公序良俗の世界に差し戻すためと言われている。

“青少年の立ち入りを規制することにより、風俗業務の適正化を図ることが目的”としているが、裏を返せば、実際は規制をかけることにより、風俗店が社会から目立たないようにしたい、ということだろう。

卑猥な描写や性的な露出の看板を含むような店舗型風俗店は、景観的にも公序良俗的にも目に余るものと感じたために違いない。頼むから、大人しくひっそりと営業してほしい、ということだ。

さらには、国際的なイベントの開催時の世界からの“目”を気にしてに他ならない。「先進国・日本が、平然と街中で売春を行っている」(実際はそうではないのだが……)と外国人に思われかねないからである。

オリンピックやワールドカップ、サミットや国体など、大きなイベント開催を機に色街をなくすのは、いつの時代も行政側の常套手段となっているのである。来年の令和2(2020)年のオリンピックを控えた今年に入って、規制でエロ本がなくなったのも、同じ流れである。先進国として、恥部を多くの人に見せたくないのである。

これからの風俗業界はコンプライアンスと、健全な経営の確立が重要

平成16(2004)年から始まった歌舞伎町浄化作戦は、全国に波及し、店舗型の違法風俗店を根こそぎ消滅させた。

東京オリンピック(2020)を控えた今後も、取り締まりの手が緩まることはないだろう。この平成の歴史から学べることは、店舗それぞれのコンプライアンス重視の健全な経営が不可欠であるということだ。

とある大手ソープの経営者がつぶやくように言っていた。「我々は、一般企業のコンプライアンスよりも、3倍以上厳しくやっていますよ。店舗運営はもちろんのこと、広告に載せる文言の一つひとつにまで、気をつかっています。」

風俗業界といえば、アンダーグラウンドな部分が魅力のひとつであるし、筆者自身もそこに魅了されていることは事実である。しかし、店舗運営に関して言えば、濡れぬ先の傘、重箱の隅をつつくような経営が今の風俗業界には必要である。

次回は、風俗業界の主流が店舗型から出張型に移った結果、働く女性はどのように変化していったかを見ていこう。中でも、若いコだけが人気ではなく、人妻や熟女がもてはやされるようになった時代背景について、紹介していきたい。

【参考文献】
『フーゾク進化論』岩永文夫、平凡社、2009年
『新•フーゾクの経済学』岩永文夫、講談社、2012年
『日本の風俗嬢』中村淳彦、新潮社、2014年
『風俗で働いたら人生変わったwww』水嶋かおりん、コアマガジン、2015年
『風俗嬢の見えない孤立』角間焞一郎、光文社、2017年
『俺の旅 vol.14』ミリオン出版、2006年
『俺の旅 vol.15』ミリオン出版、2006年

※このほか名前は挙げませんが、多数のネット媒体を参照にしました。

執筆者プロフィール

生駒 明

生駒 明編集者・ライター記事一覧

1973年生まれ。新潟大学人文学部卒業。編集プロダクション勤務を経て、2004年にミリオン出版に入社。編集長として“風俗総合誌”『俺の旅』を、15年の長きに渡り世に問い続けた。2019年4月、同誌は惜しまれつつも紙媒体としての役割を終え、現在Webでの再起を図っている。

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